挿絵2


あるとても貧乏な家に、”太郎”という名の犬が飼われていました。


その犬は、年老いた”おじいちゃん”に飼われていました。


太郎は普通の犬と違い、変わった性質をもっていました。
 
 
太郎は人の心を感じる事が出来ました。


それは、人の心を感じるといっても、人間の複雑な感情を理解しているのではなく、その人が喜び、悲しみ、怒り、苦しみといったような感情を大ざっぱに感じることができました。


おじいちゃんは貧乏ながら、太郎には決まった時間に必ずご飯を用意し、家計が苦しくて自分は食べれなくても、太郎には必ずご飯を与えました。


おじいちゃんは、太郎をほんとうの子供のように思っていました。


おじいちゃんにはきちんと家族がいます。でも、おじいちゃんはあえて、家族とは離れて暮らしていました。


それは、家族の世話になる事、そして何より、家族に迷惑をかける事がとても耐えらないからでした。そういったおじいちゃんの行動に太郎はいつも「?」と思っていました。


おじいちゃんは、ほんとうは家族といたいのに、ほんとうはお腹がすいているのに、いつも太郎には「大丈夫だよ。」と言うだけでした。


太郎は人間が「?」でした。


ある日、太郎はお昼の時間になってもご飯が来なくて、「?」と思ました。夕方になっても、夜になっても、ご飯が来ませんでした。


太郎は不安になり、「ワンワン!」何度吠えても、おじいちゃんは来ませんでした。


太郎は、お腹が空いて、疲れて寝ていました。すると周りがとても騒がしくて目が覚めました。

 
「おじいちゃん、いなくなっちゃうの?」たまに見かけた孫が泣いていました。


よく見ると、親族が来ていました。みんなが泣いていました。太郎は「?」と思いました。


「この犬はうちで面倒みよう・・・。」おじいちゃんの息子がそう言いました。


太郎はおじいちゃんの子供の家族に飼われる事になりました。


太郎は家族の優しさに、すごく居心地がよくなりました。


食事も今まで食べたことのない、美味しい食べ物がでました。


部屋の中が前の家よりも暖かくて、寒さに震えることもなくなりました。


幸せな時間が過ぎていきました。

 
         ・
         ・
         ・

       ~ 5年後 ~



いつしか太郎は老犬になっていました。


「太郎最近元気ないね。」孫がいいました。
「今度、病院に診てもらおうか。」お父さんが言いました。


挿絵3


太郎は家族の心配そうな顔を見て「?」でした。


家族が太郎をすごく心配してくれます。


太郎は老犬になって、さらに可愛がられました。


太郎はすごく幸せでした。


また、しばらくして、太郎は立ち上がることも難しくなってきました。


「太郎、死んじゃうのかな。」孫が言いました。
「もういい年だしな。」お父さんが言いました。


孫の顔がくしゃくしゃになっていましたが、太郎は相変わらず「?」でした。


ある日、孫がご飯を用意してくれた日、太郎は体を動かすことができなくてぐったりしていました。


すると、孫が心配して泣き出しました。


太郎はそれを見て、体をプルプル震わせて、精一杯の力で体を起こして、孫に近づきました。


「太郎が歩いた!」孫が大きな声で言いました。


孫はとてもうれしそうにしていました。


太郎は生まれて初めて、誰かの為に自分に無理をしました。


そのとき太郎は「!」と思いました。


太郎はしばらく忘れていたおじいちゃんの顔が浮かびました。


太郎はまた、おじいちゃんに会いたくなりました。


「ワンワン。」


おじいちゃんは前みたいに来てくれませんでした。


代わりに、今の家族が来てくれるのでした。


まもなく太郎は幸せな顔をして、永眠につきました。




--

あとがき


この話は、私が大学時代に考えた話で、人間関係の複雑さを描いています。


これまで、色んな人に口頭でこの話をしてきて、「いい話だね!」と言ってもらえた事、そして、ブロガー活動をしている今だからこそ、「より多くの人に読んでもらいたい!」と思い、今回ブログを通じて発表する事にしました。


通常は、犬などのペットは、自分の気持ちに対して素直です。お腹が空いたら餌に飛びつくし、うれしいときは尻尾をフリフリ。


私自身は犬を飼った経験はありませんが、姉の子供が買っている犬を見ると、犬って素直でかわいいなと思います。私が実家に戻ると、知らない人が大好きなので、遊んでもらうために、必死でジャンプしてきます。


この話に出てくる”太郎”は、最初、人間が自分の気持ちに素直にならない事がよく分かりませんでした。そして、”おじいちゃん”が、自分がお腹が空いているのに、自分にだけご飯を出してくれる行動も分かりませんでした。


しかし、”おじいちゃん”がいなくなり、”孫”の為に、初めて自分の体を無理して行動した時に、これまで”おじいちゃん”が自分にしてくれた事を理解するのです。


私は周りの人の事を考えて行動する事は素晴らしいと思います。しかし、「もっと自分の気持ちに素直になっていいのでは?」とも思うのです。


おそらく、素直に自分の考えを言える人って、中々いないのではないでしょうか。特に、社会人になると、周りを気にして、自分の意見や気持ちを押し殺す方がいるのではと思います。


社会人になって、学ぶことも多いですが、その経験が仇となり、本当に自分がしたい事を忘れてしまっている人がたくさんいます。


”人生は一度しかないんだから、もっと楽しもう。”


今、私は自分の人生に対して、毎日全力投球です。なぜなら、今という時間は、二度と戻ってこないからです。実際、私自身、ブロガー活動を始めるまで、人生は暗いトンネルを突き進むものだと思っていました。


しかし、自分がやりたいこと、目標や夢が具体的になると、暗いトンネルに一筋の光が入ってきたのです。


そして、今は仕事も遊びも全力です。


子供の頃って、良くも悪くも全力だったんですよね。私は2歳になる娘がいますが、自分のしたい事の為に、毎日本気です(笑)。


おもちゃ売り場なんかに連れて行ったら、まぁ大変です。でも、それが人間の本質なんだと思います。


確かに、人に気遣いを持つことは大切です。しかし、気を使い過ぎて、自分の個性を失っている人を見る事があります。人生を豊かに過ごす為には、自分の人生というストーリーを自分自身で脚本ししていく必要があります。


この話を通じて伝えたい事は、”人生は楽しんだ者勝ち”だという事です。人生の楽しさは、誰かに与えられるものではなく、自分自身で見つけるものだと思うのです。


そして、この話をブログを通じてアップするにあたり、素敵な挿絵を提供してくれた嫁の知人であるかとうさんには、とても感謝しています。


ある日、嫁から知人の作った絵本があると読ませてもらいました。


その絵があまりに素敵だったので、昔作ったこの話を読んでもらって、絵を描いてもらいました。それが、このブログに挿入している絵になります。このようなオリジナルの絵をつけて、話を載せれる事に、すごく満足しています。


そして、かとうさんは、『つくり、えがく』をコンセプトに、各種イラストのお仕事やグッズ制作など幅広くクリエイトしていて、とても可愛らしい絵などを作成、提供しています。

絵を見て興味がわいた方は、Facebookで普段の活動をアップしているようなので、よかったらアクセスしてみてください。

★アートユニット tuQrie-つくりえ-
https://ja-jp.facebook.com/tuQrie


今回も強く感じた事ですが、人と人との出会いには感謝ですね!

挿絵1